数多くの生き物の中で、人間たる意識を他から際立たせているのは、個人の中にある「物事の意義を追求すること」や「自分は何者か」といったテーマに代表される欲求や習性です。このことから、宗教や伝統的価値観、その他生活を営む上で指針となり得る考え方を選択し、保持し、また必要に応じて変更を加えることは人間の尊厳と発展にとって中心的な役割を果たすものである、と私たちは考えています。したがって、私たちの活動は「信じることの自由」を守り、促進するという立場によって支えられています。
イランにおけるバハイの状況:
世界のほとんどの国においては、バハオラの教えに従って生活することを制限されることはありません。しかしながら、イランにおいては、大多数を占めるイスラム教徒に次いで人口の多いバハイたちは根深い偏見に基づく迫害にさらされています。しかも、この迫害は彼らの信仰のみを理由にしています。バハイは特定の政治活動を支持することはなく、平和であると一般的に認知されているにもかかわらず、イラン革命以来、今日もなお政府はバハイに対する抑圧をその政策の一部としているのです。
1978年から1998年の間に200人以上のバハイが処刑され、その他にも数千人にのぼる信者が拷問されたり投獄されたりしています。現在では処刑の数こそ減っているものの、人権の蹂躙は広範に及び、不当な逮捕、投獄は後をたつこと無く、彼らの家や商店はたびたび襲撃や破壊の対象となっています。バハイは公職に就くことや大学で学ぶことを拒否され、国営メディアにより誹謗中傷を浴びせられています。
政府とこの問題を直接解決しようと、イランのバハイ共同体は継続的な働きかけを行っているにもかかわらず、イランのバハイの権利と自由は危機にさらされたままです。私たちは政府・非政府組織のスタッフの方々やメディア関係者との交流を通してイランの人権問題の認知度を向上させ、彼らの自由、尊厳、そして人権が擁護されるよう努めています。

1980年8月に消息を絶ったイランのバハイ。全員が殺害されたとみられる。

この後処刑された親子を含む、四人のバハイの囚人。1896年頃。

ブルドーザーによって荒らされたバハイ墓地。墓碑は瓦礫の山と化している。

2006年にイラン政府から81の教育機関に送付された、
バハイの学生を退学させることを命じる手紙

放火されたバハイの住宅。犯人は罰せられないことが多い。
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